小千谷の技術

絣模様

伝統の絣模様

緯糸のみで絣模様を表現する技術は、全国的に見ても貴重な工芸技術です。

小千谷織物(縮(ちぢみ)・紬(つむぎ))は、当初は白地・無地でした。これに、延宝~天和年代(1680年頃)に絣付け技術の原形が考案され、その後改良を加え緯糸(よこいと)を駆使し、自在に織り模様を表現する技法を体得したといわれています。この技術が考案され確立した時期は定かでありませんが、「北越機業史」には、「享保年間、越後小千谷の職工、カスリチヂミを織り出せり」と記載されていることから、少なくとも18世紀前半には技術が普及していたものと考えられます。

絣付け技術のサンプルの展示品画像

絣付け とは生地が織り上がってから模様が出るように糸を染める作業のことです。小千谷では木羽定規に沿って緯糸に印(墨付け)をした後、その印に合わせて糸を染めます。糸に直接、染料を摺りこむ方法と、糸をくくった後に染める方法があります。糸に付けた耳印(端の印)を左右で合わせることで模様が織りだされます。
※ 経糸を染めることもあります。

糸を染める作業の器具の展示品画像

絣付け技術指定用件

  • 基本図案を木羽定規又は板定規に転写して使用すること。
  • 絣模様は手くくり又は手すり込みの技法によること。
  • 緯絣糸は張り台にかけ定規を1枚ずつ取り出し耳じるしをつけたのち墨付けを行うこと。
  • 手すり込みにより、糸の芯部まで染料を浸透させること。
  • 絣糸は蒸気で発色させ、色止め、水洗いをおこなうこと。

文化財指定日 1990年7月20日

木羽定規の展示品画像

越後正藍染

藍と炭は仲がいい

宝暦元年(1751年)に、越後の国浅原の荘片貝(現在の小千谷市片貝)で、松井仁助が藍染を始めたといわれています。
そのころ、信濃川の流域では綿花が盛んに栽培され、収穫された木綿を藍染する紺屋が周辺に7、8軒ほどありました。
雪深い越後は本来藍染には適さず、この負の自然条件を克服し、豆汁に松煙松の木を燃やした煤)を加えて布を引く独特の染色方法を生みだし完成させたのが越後正藍染です。
天然藍の中でも黒ずんだ力強い藍の色に特徴があり、全国で珍重されています。

絣模様を付ける器具の画像
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